2024.01.01
こんにちは!サンプロ広報のオブチです。
2024年の年始企画では信州をもっと愉しむ企画として、歴史系YouTuber丸竹夷さんと一緒に古地図を携え信州の各地を回ってきました!
古地図で信州を巡った理由、それは、それは皆様に信州をもっと愉しんでいただけるようなきっかけをお届けするためです。
私たちが普段見ている街並みは3次元の景色ですが、歴史を知ることで「時間」というもう一つの観点を得られれば、
街並みを4次元的に捉えることができ、より立体的に信州を愉しむことができます。
つまり、「私の見ているこの場所には、昔こんな施設があった」というように、3次元の視界に「時間」軸を加えた景色として見ることが出来るようになるのです。
本回は企画第3弾として、松本城とその城下町を巡りました。
ぜひ、街歩き感覚で歴史旅をお楽しみください。
YouTube動画はこちらから
今回街歩きしたMAPはこちら!
↑歩いた場所をマークアップしております
この企画では、YouTuber丸竹夷さんと一緒に信州の各地を巡っております!
ぜひ、こちらもご覧ください。
第1弾 上田編【難攻不落の上田城と海野宿の秘密】
第2弾 長野編【日本一の門前町 長野市の街歩き】
第3弾 松本編【信州の誇り 松本城で知る 城下町巡りの醍醐味】
第4弾 木曽編【宿場町の美しい風情を残す、奈良井宿】
2024年「信州をもっと愉しもう」企画総合ページ
松本城の歴史は、戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりです。
世が戦乱に向かうと、信濃の守護であった小笠原氏は、井川にあった館を東山麓の林(現在の里山辺)に移します。
家臣らは守りを固めるために、林城を囲むように支城を構えました。深志城も林城の前面を守るために造られた城でした。
その後、武田信玄が林城にいた小笠原長時を追い、松本平を治める拠点として深志城を選び、32年間統治しました。
しかし1582年に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めました。
松本城になってからは、石川氏・小笠原氏・戸田市・松平氏・堀田氏・水野氏の6家23人により統治されました。
廃藩置県後に筑摩県が設置され、松本城二の丸御殿が県庁となりました。
松本城はその黒い外観から「烏城」とも呼ばれます。
現存天守の一つとして国宝に指定されております。天守が国宝指定された5城のうちの一つです(他は姫路城、犬山城、彦根城、松江城)。
↑11月の松本城
今回の旅のスタートは四柱神社前。
一度着たことがある人はわかるかと思いますが、四柱神社の隣に大きなスペースがあります。(画像:黄色で囲んだ部分)
古地図によるとこの(四柱神社横の)桝形は、城下町に入る際のの最初の桝形なのでといって、かなり大型の桝型ですね。
↑大手門桝形(黄色で囲った部分の過去の姿) 四柱神社がある場所はかつて堀であったことも分かります。
さらに歩いていくと桝形を太鼓門の前でも発見。その後も門の前では必ず桝形がありました!。
いかに城に攻め入るのが難しかったか、攻め込む人員が必要であったか知れます。
歩みを進めていくと、松本城観光でほぼすべての人が通る橋が見えてきました。
今回は昔の人の気持ちになって巡っているので、当初の入り口である太鼓門から入ります!
さて城内に入ってきました。
二の丸は焼失してしまい、その姿を見ることはできませんが、本丸は現存しております。
皆さん、お分かりでしょうか?
答えは、、左下の赤い欄干があるところです。『月見櫓』と言います。
「城は防衛の要衝」であるはずなのに、月見櫓だけ攻めやすそうですよね。
さらに丸竹さんは松本城のスタイルについてお話ししてくださいました。
松本城内をでて、城下町を巡りました。
ポイントは「堀」。古地図をご覧ください。
松本城には3重の堀があります。内堀、外堀はそのまま残っていますが、総堀は所によって埋め立てられているようです。
今回は総堀の全体の姿の面影を見ることが出来ました。
例えばこの道、すこし地面が下がっています。
↑ぐっと道がへこんでいることが分かります。
また、松本と言えば「井戸」。井戸巡りのマップが存在するくらい、井戸の数が多いです。
総堀があった場所にも井戸がありました。もともとは堀の水源であったと考えられます。
さらに総堀を歩いていると面白いものを発見しました!
↑総堀の水門(黄色で囲んだ箇所)
↑松本城周辺の高低差 赤が標高が高く青になるほど低い
現代でも総堀の面影を見ることが出来ました。
松本といえば「3ガクト」。
■山が美しい「岳都」
■学業に力を入れている「学都」
■指揮者・小澤征爾さんのサイトウキネンが開催される「楽都」
今回は「学都」の所以にもなっている松本旧開智学校について丸竹さんに教えていただきました。
↑開智学校(2023年11月時点で工事中) 西洋を意識した建物の作りが特徴的。
旧開智学校校舎は、学校に対する理解が深まっていない当時としては、非常に高い完成度を誇る校舎と評価されています。
学制で示された当時の教育環境の理想形を示す校舎としても価値が高いといわれ、近代教育の黎明期を象徴する校舎としての評価を得ています。(参照リンク)
1961年から国の重要文化財となっており、2019年に近代の学校建築としては初めて国宝に指定されました。
松本の人がいかに教育への意識が高かったのか、伺い知れます。
松本は街巡りの楽しさでも有名です。
私自身、松本に住んでいたころは、城周辺を毎日のように歩いて通りましたが、
丸竹さんに歴史上ポイントとなる地形を教えていただき、さらに街巡りが楽しくなる予感がしました。
「歴史を知り、4次元で街並みを捉える」、このことの大切さを学べた松本編でした。
ぜひ皆さんも松本にいらっしゃってくださいね!
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