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時代を超えて愛される椅子 ―ハンス・ウェグナー展を訪ねて

2026.08.24

こんにちは。インテリアコーディネーターの白須賀です。
2026年の1月に渋谷ヒカリエで開催された「ハンス・ウェグナー展」を見学しました!

ハンス・ウェグナーは、スウェーデンの家具デザイナーとして時代を築いた巨匠。シンプルながら美の工夫を施した洗練されたデザインと、高い機能性を兼ね備えた椅子は、現代でも有名チェアとして多くの人から愛されています。

今回は、ウェグナーがデザインした椅子約160 点と生活家具が展示されるという、めったにない大規模の展示。しかも、ウェグナーの人生と家具メーカーとの協働を俯瞰しながら、92 年の生涯を追えるということで、家具好きにはたまらないイベントです。

こんなにわくわくするイベントが実現したのは、椅子コレクター・研究家の第一人者、織田憲嗣先生の協力があってのこと。織田先生は、北欧を中心とした20世紀のすぐれたデザインの家具と日用品をコレクションしてきた方です。「織田コレクション」として有名なコレクションは、椅子・テーブル・食器・カトラリー・おもちゃまで8千点以上。現在その中核となる椅子約1350種類を北海道東川町が公有化して文化財登録を行い、素晴らしい家具を後世に伝える取り組みも行われています。織田先生の熱意に脱帽です…!

今回は、展示を通じて学んだウェグナーの美学、名作家具はなぜ名作なのか、お伝えします!それではご覧ください↓↓

 

ハンス・ウェグナーが追求した「実用」の美学

ウェグナーはデザイナーであり、自分で家具をつくる家具職人でもありました。ウェグナーが家具の学校に入学し、17歳のときに手掛けた作品、《ファーストチェア》(1931)も復刻されていました。写真資料のみでその存在が知られていたものですが、なんと今回の展示のために再現復刻されたとのこと。

↑右側の椅子がファーストチェア

ウェグナーは椅子以外にも、様々な場所から依頼されて家具を作っていました。

例えばこちらのハンガー。オーフス市の紋章が刻印されています。かつて建築家は自ら手掛ける建物は建築金物や壁装材のテキスタイル等々、あらゆるものをトータルに設計・デザインしていました。ウェグナーはヤコブセン事務所に籍を置き、庁舎のあらゆる家具をデザインしていたのでしょう。

こちらはオーフス大学の公演台↓↓

大学の講堂のスピーチ用テーブルで小さな照明もつけられています。使われる場所に合わせてウェグナーがデザインしていました。

役場の机と椅子や、演台、時にはハンガーなど、彼の制作は幅広いジャンルに及んでいました。
驚いたのが、そのデザインの洗練さ。

すべたが使用時を想定した、実用性を重んじたデザイン。派手な装飾ではなく、ほんの僅かなデザインを施すことがウェグナーの美学。暮らしに馴染みながら、野暮ったくない。使いやすくて、余分な部分がない。究極に計算されたデザインだからこそ愛されているのです。

 

ウェグナーは「左右対称」にこだわっていました。例えばこちらの椅子↓↓

背もたれの部分はいくつかのパーツが組み合わさって作られていますが、なるべく左右対称になるように木目も合わせて作っています。これは「フィンガージョイント」という木工職人の伝統技法で、ウェグナーはあえて意匠として見せることで構造そのものの美しさに昇華させました。

 

こちらの椅子はパーツを継ぐ部分が十字架にデザインされています。木目も対象に作られていて、無駄のない美しいデザインです。

 

名作と言われる椅子は、なぜ名作なのか?

ここからは4つの有名チェアがなぜ名作といわれるのか、裏側をお伝えします。

◎ The Chair JH503

名作の理由
圧倒的な座り心地と無駄のない機能美

これ以上引くことも足すこともできない「究極の普通」が世界中で評価され、敬意をこめて「The Chair(これこそが椅子である)」と呼ぶようになった。

言わずと知れた名作。背もたれの上下幅が広く作られており、高い機能性を誇ります。発表当初、ウェグナー自身は「何も新しいことはない」と語っていたそうです。

しかし翌年、アメリカのインテリア雑誌に大きく取り上げられたことで、「究極の普通さ」の追求や「伝統技術による洗練された美しさ」が高く評価されることとなりました。1960年のジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンによるTV討論会で使われたのも、この「ザ・チェア」です(実はケネディの持病である腰痛を和らげるために選ばれたとも言われています)。

背もたれの部分は、中央を境に左右対称になるよう、熟練工の手仕事で美しく削り出されています。

 

◎ Y-Chair CH24

見た目の美しさと使いやすさで知られるYチェアは、現代でも強い人気のあるダイニングチェア。実は、カール・ハンセン&サン社で生まれて以来、ウェグナーチェアの中で最も多く生産・販売された椅子です。名前の由来は背の部分にあるYの字の形をしたパーツによるものですが、この形は鳥の胸と首の間にあるYの字形の骨の名称から「ウィッシュボーンチェア」とも呼ばれています。1949年にデザインバイヤーと呼ばれたアイヴァン・コル・クリステンセンがカールハンセン&サン社のアドバイザーに就任し、ウェグナーと同社を結び付けました。「デザイン性と品質こそがユーザーからの支持を得られる」というコンセプトに基づき、量産性の高い家具のデザインをウェグナーに求めできたのが、4つの椅子と1つのキャビネット。その一つがYチェアCH24でした。(ちなみにこのときデザインされた4種類の椅子は半世紀経た今も生産されているそうです!)

 

◎ バレットチェア(PP250)


ヴァレットとは「従者・執事」という意味。この椅子はまさにその名前の通り、「座る」用途だけでなく、「身に着けるものを整理してくれる」用途も持つ椅子。ハンガー型の背にはシャツやジャケットを掛けられ、座面を手前に起こせばズボンにしわを作らず掛けることができます。さらに座面の下には三角形のボックスがあり、小物を入れておけます。執事のように身辺の整理ができる椅子ということで名づけられました。多様な機能を椅子のデザインに取り入れている点において非常にユニークな椅子ですね。(脚が3本ですが、これはデンマークの住宅が古来から丸い石を敷き詰めた床面が多かったため、その場面での安定性を図るためだそう)

 

◎ Papa Bear Chair PP19 (展示ではなんと中身が見れました)

まるでクマが両手を広げるようなフォルムが特徴の椅子。包容力のあるパパ ベアチェアに座ると、程よく体が沈み体にフィット。背もたれに角度が付けられているため、ゆったりと体を預けることができますが、これが実現する理由は内部にあります。木製のフレームの背に、麻袋に入ったコイルスプリングスを縫い付けて固定。その周りには「トゥ」と呼ばれる植物繊維を高密度に混合した化合物で基本的な形状に整えていきます。その上、布張りのすぐ下に当たる部分に平面上にした綿を張り、布張りの手触り感をより柔らかなものとしています。最後には指定された指定された布や皮地で張り完成させますが、この椅子を作るために熟練の職人が二人で2週間がかりでつくるため、非常に高額な椅子となっています。

 

編集後記

細部へのこだわりが、唯一無二の価値を作るウェグナーの椅子は、一見シンプルに見えますが、実はミリ単位で脚の太さを変えたり、意図的な切り込みを入れたりと、目立たない部分にまで凄まじいこだわりが凝縮されています。この「細部までやり抜く姿勢」こそが、時代を経ても色褪せない、唯一無二の洗練を生み出す正体なのだと確信しました。私自身も、インテリアコーディネーターとして「細部」に責任を持つプロでありたいと考えています。
さらに、今回の展示で実際に本物の椅子に触れ、その肌触りや木の尊厳を感じる体験は特別なものでした。 こうした「本物」を日常に取り入れることは、豊かな感性を育むことにも繋がると私は思います。「良いものを、手入れしながら永く愛する」
私が大切にしているこの精神は、家づくりだけでなく家具選びにも共通しています。お気に入りの一脚が家にあるだけで、日々の何気ない景色は変わり、暮らしそのものが丁寧に、そして豊かなものへと磨かれていくはずです。